シャボン玉はし損ねたキスの味がした

指の先を少しだけ握って勢いをつけると彼も同じ事を考えていたようで、唇は勢い良く触れ合って少しだけ血がでた。失敗のキスを舌先で味わって、照れかくしに笑ったあの日。生温く湿った空気に細い細い月がにじんでいた。思い切り息を吸い込むと真夏の匂いが肺の中に満たされていって、苦しい。夏なんてまだ来ていないのに。誰もまだ夏の準備なんて出来ていない。それなのに空気だけがわたしたちを急かしている。息もできないくらいに、6月に向かって走らされる。
唇の傷が治らないうちに、夜の散歩をした。住宅街は人気が無くて歩きやすい。静まり返っているけれど、家の中から人の気配がしてこわくない。首からピンクのシャボン玉をさげて吹きながら歩いた。蛾がむらがる電灯の下で、止まれの道路標識の上で、自動販売機にもたれて。ずっとこの光景を見ていられるなあと思った。妙に美しくて、泣ける景色だった。ピンク色のシャボン玉液がなにか不思議な飲み物のように思えて、口をつけて一口だけ飲んでみた。苦くて甘い。息を吐き出すと無数の丸い泡がこぼれては消えていった。