18歳の日々と軽井沢

「僕が18歳のときなんだけどね、24歳の人と付き合っていた。その人はすごく綺麗な人で、何も知らない大学に入りたての僕に、1から10まで教えてくれた。実を言うとそのひとはソープ嬢だったんだ。長い髪をなびかせて、大きな瞳で、いつも甘い匂いがしてた。お財布からいくらかだして僕の手に握らせると、「これでうちの店に遊びにきなさい」なんて言うんだ。別の店の、知らない女の子と遊んでくるように言われたときもあった。1年半で別れてしまったんだけどね、若い僕にはとても素敵な日々だったよ。その後僕は軽井沢で一夏の恋をした。大学生のときは本当に色々なことがあって、それは今でもとれたてのトマトみたいにつやつやして僕の頭に浮かんでくる。」
一気に話し終えるとそのひとは、手元の溶け切ったウィスキーのロックを飲み干して、深刻そうな顔でグラスに残った氷を見つめて黙りこんでしまった。村上春樹みたいな話し方をするひとだなぁと思った。大抵の時、カウンターの向こうに座る誰かしらがそんな調子で何も喋らなくなってしまったら、私もグラスを磨いたりして話しかけないようにする。何事かを考えているひとの思考を無神経な話しかけで邪魔するのは愚かなことだからだ。
彼が手慰みにグラスを傾けて氷がグラスに当たる音を楽しんだり、なんとなしにそわそわし始めたら、新たな話題をふってもいい頃合いとする。次はなにをお飲みになりますか。同じものをと言われるので、カウンターに置いたままのメーカーズマークを氷で冷えたグラスに注いで軽くステアする。差し出したグラスに口をつけた彼はまた一言、二言話し始める。時刻は二時を過ぎている。もう閉店なので、という一言を、常連である彼に言うのは心苦しく、時間は刻々と過ぎていく。
18歳だった彼は今六本木のレストランのウェイティングバーで、20歳の私に飲み物をだされて、閉店時刻を過ぎながらも渋い表情でロックを舐めるように飲み続けている。