うさぎが亀を食べる

亀を食べた事のあるうさぎは普通のうさぎより随分長生き出来るそうだ。目も良くなるし、耳にいたっては地球の裏側の誰かのため息さえ聞こえてしまうほどなんだと。けれど亀を食べたと言い張る彼は、いつも病気がちで、ドライアイだから目薬は欠かせないし、おまけにあんまり人の話を聞いていなかった。(耳が悪いかはわからない。)だけど、ちょっと油断してるときに見せられると恋に落ちてしまいそうな素敵な笑顔で笑うのだった。ずるいなあ。ああ、ずるいさ。恋に落ちた。僕は恋に落ちたんだ。
そうして原始的な手段しか知らない僕は、誰に責められる事もなく、せっせと彼の元に足を運んだ。大抵彼が喜びそうなちょっとしたものを携えて。太古の昔から、パートナーを得るには何か貢ぎ物をしなければならないから、僕は単にそのセオリーにのっとっているだけ。一週間前には赤いリボンの切れ端を、三日前はまんまるのかぶ、昨日はピンクのにんじん。何を持って行っても同じようにありがとうと、笑って答える。その瞬間のために生きてると、僕が堂々と宣言したとして何が僕を裁けるだろうか。この胸の高鳴りなんか、何処にも売ってないんだから。プライスレス。そこまで考えて我に帰る。
ねえ僕は、うさぎである君とは少し違う。僕はうさぎじゃない。耳は長くないし、目も良くない。だけどそんなことどうだっていいじゃないかと、思う。僕が君に恋して毎日ときめいて、何でも無い道をスキップして口笛を吹いてあるくのに、「僕がうさぎである」という条件が果たして必要なのか?そんなバカな話があってたまるか。恋とはそういうものなのだ。相手がうさぎだろうが、にんじんだろうが、満月だろうが、理由のない現象なんだから。病気なんだから仕方ない。
会いに行くよ、君が満月になっても。