BLUE,SUNNY DAY BLUE.

「君は飛べるんだよ。」
そう私は飛べるんだった。助走をつけて踏み切るとからだが宙に浮く。翼は人には見えなくて、でもしきりに動かしていないと下降してしまう。疲れもする。空に浮くのはとても気持ちがよくて、歩くより飛んでいることのほうが多い。石畳の道を赤いブーツで駆け抜けて、ジャンプするとオレンジ色の建物は小さなつぶつぶになってそこにきちんと並んでいる。上のほうに行けば行く程空気は薄いし、大きな鳥がやってきて飛んでいる人間をついばむのだ。うっかり雲の上までは行けない。鳥は紫の嘴で、ピンク色の翼で、青い瞳で雲に生えた木の枝に止まって、ただじっと人間が飛んでくるのを待っている。


空を飛ぶ夢を見始めたのはいつだったか、随分昔からで、走ってから飛ぶというのが定番だった。手足は動かさず、熱い日差しで冷たい空気の中を泳ぐ様に飛ぶ。泳ぐ鳥。飛ぶ魚。眠る人間。飛べるのは私だけではなく、たくさんの少年少女が空を舞うことができる。よく晴れたある日、一人の男の子と手を繋ぎながら空を飛んでいると、鳥がやってきて、その子の頭を啄んで持ち去ってしまった。彼は「仕方ないんだよ」と言って、悲しげに鳥を見送っていた。鳥は頭を食べる。食べられた頭がどうなるか誰も知らないし、鳥も教えてはくれない。


なまぬるい風が心地よく吹く夜に、一人でお酒を飲んで映画を見た。ウィノナ・ライダーアスピリン一瓶とウォッカ一本を同時に飲んで精神病院に入院していた。そこで彼女は焼けただれた顔の女の子や、病的な嘘つきのルームメイトと暮らす。鳥に頭を盗られた女の子はでてこない。でてくるのはフライドチキンしか食べない下剤ジャンキーくらいだ。

「Don't get too comfortable.」馴染むなよ、と、ウィノナを病院まで送り届けたタクシーの運転手は言う。彼女はそこに、馴染めるくらいに、不安定で薄い存在なのだ。空を飛べるくらいに、からだが軽い。

夢を見た。鳥は私の頭を欲しがっていた。病気の子供がいるらしい。人間の頭は、空を飛べる子供の頭は特効薬なんだ。その鳥は前に男の子の頭を持っていった鳥だった。鳥の言う事は信用出来なかったが、青い瞳が今にも泣きそうに歪んでいるのを見て「ひとつくらいいいか」と頭を差し出した。鳥が優しく私の頭をついばむ。「ありがとう。」「お礼にいいことを教えるよ。」「君は生まれ変わったらかたつむりになる。」鳥に頭を盗られた子供は、やがて弱って、空を飛べなくなり、絶望してアスピリン一瓶とウォッカ一本を同時に飲み、自殺するか、精神病院にはいって気がくるって自殺する。そうして人間としての生を終えると、ピンクと紫と青のしましまの殻を背負ったかたつむりになる。
「君がかたつむりになったらつのをくねらせて呼んでくれ。そうすれば君を見つけて食べる。かたつむりの次は人間に戻れるよ。そう悲観するな。」
かたつむりになって、人間にもどって、また空を飛んで、鳥が頭をついばんで、かたつむりになって・・・ああ、輪廻とはこういうことなのか。そう思っていたら目が覚めた。背中にびっしょりと汗をかき、知らない間に泣いていた。眠りながら泣くのは初めてで酷く不安になった。薄暗い部屋がこわくてカーテンを開ける。鳥の瞳が、空一面にひろがってこちらを見ていた。涙で、空は青く歪んだ。