教習合宿中の食事について

ふと思い出したので書いてみる。18歳のときの免許合宿について。

高校を卒業してぶらぶらというかだらだら、実家で特に何をするわけでもなくニートしていた私は、親に車の免許合宿へ放り込まれた。
長野県に限らないけれど、田舎の子はみんな車の免許をとらされる。車を運転できないと、地元では不便だからだ。大体の子が就職してすぐ、早ければ大学生の間に車を買う。息をするようにローンを組む。
私は当時、イギリスに留学すると決めていたので、ヨーロッパを視野に入れてマニュアル免許をとることにした。「海外で車借りようとしてもオートマ車なんてほとんどないよ」との母の言葉を鵜呑みにしたが、最近では普通にオートマ車もあるらしい。


教習がはじまり、実習がとにかく憂鬱で、楽しみなことは食事くらいしかなかった。私は給食や病院食など、献立が事前に決定している食事が何故か大好きで、教習所のお弁当も毎日楽しみにしていた。恐らく、何がでるかわからないわくわく感と、何もしなくても食事がでてくるところが好きなのだと思う。
黒いお重が十字の仕切りでわけられ、ご飯と、3種類のおかず。麻婆豆腐、ホイコーロー、チンジャオロースと何故か中華の割合が多かった。珍しかったのはおやきが入っていたこと。濃い目に味付けられた切り干し大根のおやき。きゅうりとハムのポテトサラダ。ぶりの照り焼き。鶏のからあげ。ごく普通のおかずばかりなんだけれど、教習でぼろぼろになった精神状態でご飯を食べておいしい!と思えることが一番の癒しだった。


ペンションでの食事も忘れられない。朝ごはんはいつもかわらず、ハムかウィンナー、サラダと、スクランブルエッグ。パンに紅茶。和風がよかったなーと思ったけど、洋風もおいしかった。ハムが普通のハムじゃなくて、サラミっぽいやつで、パンにはさむとおいしかったことも覚えてる。
夕飯が一日の終わりの最大のイベントで、とにかく私の泊まったペンションの食事が尋常ではないくらいおいしくておかわりしまくった。女性しか泊まっていないペンションなので、なかなかおかわりをするひとはいない。私だけだった。ご飯と味噌汁を2回ずつお代わりしていた。そのうち、わたしのお茶碗だけちょっと大きいのに変えてくれた。
一番おいしかったのは鶏の照り焼き。人生で一番おいしい鶏の照り焼きだった。つやつやしていて、黒胡椒がピリっと効いていて、やわらかくて、塩加減がちょうど良くて、ご飯何杯でもいけるぜ!と叫びたくなるような。恐らくくたくたに疲れていたからというのもあると思うけど、いまでもあのペンションにご飯を食べに行きたくなる。


教習所が大町で、白馬のペンションに宿泊し、スクールバスに乗り込んで毎朝40分かけて通っていた。途中、木崎湖をはじめとする透明度の高く美しい湖を通るのだが、あまりに水が透き通っていて、そこに映る空の青さと山の緑、ゆっくりと滑降してくるパラグライダーの赤や黄色に涙がでた。美しすぎるものを見ていると悲しくなる。そんな心境だった。
教習所には猿や熊が出没し、窓を開けたまま教習しているとバッタが飛び込んできた。教習所の横は大きな川で、仮免に二回落ちたときは川原で泣いた。卒検も一回落ちた。その時はあーあ、と思ったきり、何も感じなかった。免許をとってから、一度もマニュアル車には乗っていない。